2007年12月5日水曜日

もしも妊娠が性交渉を立証する唯一のものであるならば...




「アメリカ合衆国における避妊の普及」
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隠匿

もしも妊娠が性交渉を立証する唯一のものであるならば、妊娠を防ぐことによって性交があったという事実を隠蔽することができる。実際にそのように考え、行動した人たちは少なくなかった。マーサ・ホーズ(Martha Hodes)によれば南北戦争期の南部において、白人男性と黒人女性だけでなく、白人女性と黒人男性の間でもしばしば肉体関係が持たれた。55 「それはいとも容易く隠せるんだ。女性が妊娠しないようにさえすれば、絶対に安全だ」という言葉だけを引くと黒人男性があたかも積極的に避妊を受け入れていたように聞こえるが、彼らをとりまくコンテクストは複雑なものだった。56 当時の南部社会では白人男性と黒人女性の場合には両者の間で合意が成立していなくともほとんど問題とされることがなかったが、もしも白人女性と黒人男性が関係を持ったことが当事者以外に発覚すれば、合意の有無に関わらず黒人男性は生命の危機に直面することになった。また、プランター階級の白人女性のなかには自らの権力を振るうことのできる都合のいい相手として黒人男性を誘うことがあった。このとき黒人男性にはそれを断ることが難しく、ほとんどの場合は素直に応じるほかなかったとされる。なぜならば、もし白人女性の誘いに応じなければ、第三者に密告されることを恐れた彼女によって、口封じと称して抹殺される危険性があったためである。そして、白人女性たちは持てる知識を総動員して妊娠を防ごうとした。白人の子どもを妊娠したのであればどうにかごまかすこともできたとしても、黒人の子どもを出産すれば明らかに夫以外との人種混交(miscegenation)があったことを意味し、厳しく追及されることになるためだ。

違法な性交渉を隠匿するために用いられることのあるくらいだから、避妊を行なっていることを隠すことはさらに容易だったのではないだろうか。もしそうだとすれば、第三者としては避妊に反対しなければならない立場におかれた人も、当事者としては避妊を実践していた可能性があり、とくに避妊を普及させることには消極的だった医師たちが当事者としては反対せずに実践していた可能性が高い。取り締まりを行なう側としても、長期的な統計を見れば確かに出生率が低下していることなどから避妊の普及を把握することができるが、「現行犯」を押さえることはもとより、具体的にどの夫婦が避妊を実践しているのかということまではわからない。水際で食い止めなければ、あとの祭りとなったのだ。

章のまとめ

避妊に「反対しなければならなかった」コンテクストを支えた社会的秩序と道徳意識は「反対しなかった」コンテクストにおいても尊重され、共通項をみいだすことができた。つまり、「反対しなければならなかった」コンテクストが抱えていた問題を別のアプローチにから解決する糸口となることもあった。また、当事者にもいくつものコンテクストの重なり合いが認められたが、反対せずに受け入れていく上では避妊の持つ秘匿性が有利にはたらいた。このように、はじめから普及を目的とした積極的な運動だけでなく、「反対しない」コンテクストの存在も避妊の普及に大きく貢献した。

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55 Clinton, Catherine. Nina Silber ed. Divided Houses: Gender and the Civil War, New York: Oxford University Press, 1992, Hodes, Martha. ‘Wartime Dialogues on Illicit Sex: White Women and Black Men,’ 230
56 “[…] the thing can be so easily concealed. The woman has only to avoid being impregnated, and it is all safe.” Hodes, 236

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