2006年10月24日火曜日

Truman Capote, Other Voices, Other Roomsのためのノート



OTher Voices, Other Rooms
Other Voices, Other RoomsはJoelという少年の成長を通して、I=eyeがothers、すなわちコミュニティの性質や状況に応じて形成される可能性を描いた作品である。
Truman Capote, Other Voices, Other Roomsの主人公Joel Harrison Knoxは両親の離婚後、母親に育てられた。その母親を病気で亡くしてからは叔母に預けられ、父親とは長らく音信が途絶えていた。ところが、13歳になったJoelのもとに突然父親からのものと思われる手紙が届く。物語は、彼が手紙を頼りに父親探しの旅に出るところから始まる。

Joelの外見的特徴はトラックの運転手Sam Radclifの目を通してはじめて語られる。Radclifは、自身の抱いている"what a "real" boy should look like (4)"というイメージとJoelの姿がかけ離れているとし、とりわけその目については"a girlish tenderness softened his eyes, which were brown and very large (4)"と感じている。ここで注目すべきは、観察の主体であるはずの主人公のeyeが観察の対象として描写されていることである。以降も目に関する言及が繰り返されていること、加えて緑の色眼鏡や鏡などの視覚を欺く小道具が作品中にたびたび登場することから、eyeがこの小説におけるひとつのキーワードとなっていると考えられる。

また、この作品のタイトルのなかでは”other”という言葉が反復されているが、othersという概念はなんらかの指示対象を前提とし、そこから排除されるものがあってはじめて成立するものである。逆に、「Iとは何か」を定義する際には、そこに含まれないものをあげてゆく消去法的操作が有効である。このようにIとothersの関係は、一方を仮定することによって他方が決定する、言うなれば相互依存的なものである。さらに、先に述べたeyeという器官の持つ、主体であると同時に対象ともなりうる二面性は一人称Iについても同様に認めることができる。

作品の末尾に"His mind was absolutely clear. He was like a camera waiting for its subject to enter focus. (231)"とあるように、JoelはSkully'sで通過儀礼を経たのち、なんらかのアイデンティティを確立したように書かれているが、それがどのようなものであるかについて具体的に語られることはない。本稿ではJoelのeye=Iがどのように形成されたかに焦点を当てることにより、その性質について考察したい。

作品のなかでJoelをはじめて観察したRadclifは父権社会における典型的な「男性的男性」である。ジョッキでビールをあおり、大きなげっぷをして、お代をカウンターに叩きつける。トラックを運転しながら煙草の煙を鼻から吐き出し、行く手をふさいでいるブタの群れにはクラクションと罵声を浴びせかける。また、mightyという副詞が口癖になっていて、彼にかかればJoelの名前は"mighty fancy name (5)"であり、Major Knoxは"mighty rich man (6)"となってしまう。さらに、母方の苗字を名乗るJoelに対して"you oughtn't to have let her done that! Remember, your Pa's your Pa no matter what. (8)"と憤る。このような態度からは、Joelの「女々しさ」は父権を離れて育ったことによるものであり、父のもとに帰れば「一人前の男」になるはずだという彼の思考を読み取ることができる。
しかし、幸か不幸か、Noon Cityを出発してからJoelの遭遇する男性は、実の父親を含め、ことごとくそのような「男性性」を欠いている。彼をSkully'sまで導いたのは老衰したJesus Feverであり、そこには病弱な同性愛者Sam Randolphと寝たきりになっているMr. Sansomがいた。また、森の中ではLittle Sunshineという世捨人に会うが、いずれにせよ、彼らは肉体的、あるいは精神的、社会的に「男性性」を欠いた人物として描かれている。なかでもJoelと親密に関わったRandolphは年鑑をもとに世界中の郵便局長気付、Pepe Alvarez宛に郵便を送ることを日課としているが、彼から返事が来ることにははなから絶望していて、むしろこの不毛な行為それ自体に意味を見出しているようである。また、彼は絵を描くことを趣味のひとつにしているが、模写のみを得意とし、創作の才能は自ら否定している。つまり、彼は行為の主体となって対象に働きかけることのできないキャラクターとして描かれているのである。

Joelが成長していく上でそのモデルとなりそうな男性はなかなか現れない。その一方で、Idabelという同年代の少女が"I never think I'm a girl; you've got to remember that, or we can't never be friends. (132)"と豪語する。また、"I've got two feet and I reckon I'm not such a flirt I can't find the willpower to put one in front of the other (32)"とJoelの馬車に同乗することも拒否し、半ズボンをたくしあげて二本の足をみせつける。さらに、屋敷のなかにいるJoelをたびたび外に連れ出し、橋の上で毒蛇と遭遇した際にはJoelから剣を奪ってこれを退ける。彼女のこうした活躍の数々は中世の騎士を髣髴とさせるものがある。

すでに成人しているキャラクターの性質がほとんど固定されているのに対して、IdabelはJoelとともに変化する。また、作品におけるIdabelというキャラクターの特異性は他にも指摘することができる。男勝りなIdabelにはFlorabelという美しく上品な性格の双子の姉妹がいるが、二人は常に仲たがいをしている。その原因は両者の本質的な(遺伝的な)違いよりも、むしろ似ている部分があまりに多いことにあると考えられる。一方が他方と同一視されることを避けるためには、極端に対照的な服装や振る舞いを行う必要があった。IdabelとFlorabelの関係はまさしくotherを排除することによってIを規定しようとするものである。
Idabelが少女でいる間は、このような二人の関係を続けていくことができるだろう。しかし、Idabelは森の中で黒人の男女が交わっているのを目撃することによって、生来的に決定している自らのセクシュアリティを自覚させられる。つまり、このまま双子が成人したならば、排除されるのはFlorabelではなく自らのほうであることに気づくのだ。そのため、サーカスでMiss Wisteriaといういつまでも成熟することのない女性に出会うやいなや、彼女に心酔して付き従うようになる。しかし、そうなってはIdabelが庇護していたJoelや犬のHenryの居場所は失われてしまう。

Idabelとの駆け落ちが失敗に終わったJoelはRandolphによって再びLandingに連れ戻されてしまう。このとき旅の発端となったEdw. R. Sansomの名前による手紙も実はRandolphによるものだったということが発覚するが、それでは彼が何のためにJoelを呼び寄せたのか、正確な理由は最後まで明らかにされない。Joelが叔母Ellenに宛てた手紙が暗黙のうちに捨てられ、外部との連絡が遮断されていることからも彼がLandingに幽閉されている可能性も否定できない。駆け落ちに失敗するまでのJoelはそのようなLandingという土地、そしてその中で生きる人々をothersととらえ、そこから心理的・物理的に逃避することによって自らの解放を目指した。ところが、一通りの失敗を経験し、頼りにしていたIdabelにも見放されると、ついに反抗することをやめる。 "Now in the process of, as it were, discovering someone, must people experience simultaneously an illusion they are discovering themselves: the other's eyes reflect their real and glorious life. (208)"とあるように、Landingという時間的・空間的に隔たったothersを自分の一部として受け入れる努力を始めるのである。

Joelのこのような成長はあの運転手Radclifの目には惨めなものに映るかもしれない。しかし、Radclifが「男らしい」と言えるのは、彼の属するコミュニティにおける「男らしさ」を獲得していたからであり、それがLandingでも同様に発揮されるとは考えにくい。また、Radclifの「男らしさ」はより上位にある権力に対してはもろい一面もある。例えば、Radclifは高度な教育を受けているJoelに対してきまりが悪そうにし、「会社の規則を無視することはできない」ともらす場面もあった。このように、Other Voices, Other RoomsはJoelという少年の成長を通して、I=eyeがothers、すなわちコミュニティの性質や状況に応じて形成される可能性を描いた作品である。

参考文献


Truman Capote, Other Voices, Other Rooms (New York: Vintage International) 1994.

Other Voices, Other Rooms (Vintage International)Other Voices, Other Rooms (Vintage International)
Truman Capote 
遠い声遠い部屋遠い声遠い部屋
カポーティ