「アメリカ合衆国における避妊の普及」
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第2節 当事者として
第三者がたとえどのような働きかけを行なったとしても、避妊という行為の性質上、最終的にそれが実践されるか、されないかは性交を行なう当事者たちにかかっていた。ここからは当事者を避妊から遠ざけ、あるいは躊躇させたコンテクストを分析していきたい。
戸惑い
1941年、ジョサイア(Josiah B.)は「私の家に悪魔がやってきて、私の最も弱い部分を誘惑した」と会衆の前で証をした。「悪魔(evil)」と呼ばれたのは公衆衛生看護婦ラナ・ヒラルド(Lana Hillard)で、彼女は妊娠可能年齢にあるすべての女性に対してコンドームや殺精子剤を提供するため、ノースカロライナ州西部のワトーガ郡を回っていた。ジョサイアは自身の避妊に対する道徳的な反発と看護婦の申し出を受けようとする妻との間で揺れ、教会に霊的な支えを求めたのである。結果としてジョサイアは妻の求めに不本意ながら応じることになった。 34
以上はコンドームと殺精子剤の有効性を調査した記録に残されているものであり、貧しい男性の声として貴重なものである。「悪魔」という言葉が用いられていることが目を引く。教会の教えに反するもの、性的な事柄に直接言及することを回避する手段として、このような喩えが使われたと推察される。夫たちは、特に貧しい者ほど無力な姿で描かれていることが多い。家庭や性の営みおける主導権など便宜的なものでしかなく、むしろ夫たちはそれがくびきになっているように記述されるのも特徴だ。ノースカロライナ州ではこの時期すでに夫婦間での避妊が認められていたが、それでもジョサイアは避妊をすんなり受け入れることはできなかった。このことから、反対しなければならないコンテクストには、ときに法的制約に勝る道徳意識を加えざるをえないだろう。
男女のセクシュアリティ
荻野美穂によれば、労働者階級では大勢の子どもがいることが男らしさの証明と結びつけられる傾向があった。35 また、ヘイグッドがインタビューを行なった1930年代の南部白人小作農の母親たちも「やり遂げたことが1つある、子どもたちを育てたんだ」といった調子で、子どもたちを育てあげた経験を自信と喜びをもって語っている。36 データのそろっている115人の母親たちは平均18.6歳で結婚し、1年に0.37人という驚異的なペースで子どもを産み続けていた。37 これは単純計算に基づくものなので、若い母親たちの場合にはその周期がさらに短かったと言う。
1905年にルーズベルトが演説のなかで提示した「第一の義務」を思い起こすと、彼女たちは最も忠実で模範的な女性たちだったと言えるのかもしれないが、彼女たちの誇りの源を知るためには、当時の小作農一家における女性や子どもたちの位置づけが中産階級と大きく異なることを指摘しておく必要がある。確かに母親たちは出産と子育てを変わり手のいない、自身にとって最も大きな責任と感じていたが、多くの場合は夫が家族全員分のパンの稼ぎ手だった中産階級とは異なり、女性や幼い子どもたちも畑仕事のための貴重な労働力とされていた。「あたしが結婚したとき、パパは自分の右腕を失ったって言ったものよ」というコメントににじみ出ているように、母親たちは家事も畑仕事も精力的にこなし、なかには男勝りに働いてそれを誇りとする者もいた。38 このような環境においては、自分がこれまでに産み育てた子どもの数は家族に対する貢献を表す、具体的で分かりやすい尺度だったのではないだろうか。そのように考えれば、インタビュアーには1人しか子どもがいないことを知った、産婆としての経験も長いある母親が、「それじゃあ、あんたは赤ん坊を産むことについてなんにも知らないわけだ―いいからあたしの言うことを聞くんだね」と自信をのぞかせたことにもうなずける。39
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34 Schoen, Joanna. Choice & Coercion: Birth Control, Sterilization, and Abortion in Public Health and Welfare, Chapel Hill: University of North Carolina Press, 2005, 21-23
35 荻野『生殖の政治学』, 39
36 “There’s one thing I have done, I have raised my children.” Hagood, 155
37 Ibid., 109
38 “My papa said he lost his best hand when I got married.” Ibid., 89
39 Ibid., 111
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